JBA設立の原点と、これからのJBAへの想い
日本バリスタ協会(JBA)根岸代表理事に聞く――研修の原点から協会設立、資格制度、グランプリ、そして未来へ
「1990年代前半、⽇本にはまだ本物のエスプレッソ⽂化がなかった」――そう語るのは、⽇本バリスタ協会(JBA)の根岸代表理事だ。⾷品調理機器輸⼊販売会社のコンサルティング室でジェラートとエスプレッソコーヒーの指導で活躍し、JBA の設⽴に深く関わってきた根岸代表理事に、キャリアの原点から話を聞いた。
――イタリアへの研修は、どのようなきっかけだったのでしょうか。
1994 年、FMI が世界最⼤⼿エスプレッソコーヒーマシンメーカー「ラ・チンバリー社」の製品輸⼊販売を始めることになりました。その際、メーカーから「良い機械・良い⾖があっても、美味しいエスプレッソを抽出できる職⼈(バリスタ)がいなければ、⽇本にエスプレッソ⽂化は広がらない」と⾔われまして、そこで私が現地研修に選ばれたんです。こうしてイタリアへ渡り、バールとは何か、エスプレッソとは何か、バリスタとは何か――その本質を現地で学びました。
――現地ではどのような研修を?
イタリアのバール(Bar)は、単なる飲⾷店を超えた、地域の⼈々の⽣活に深く根ざした「社交の場」です。それ以前にジェラートの修⾏でイタリアへ渡った際にエスプレッソマシンを少し扱ったことはありましたが、お客様に本格的に提供した経験はありませんでした。
バールはお客様との対⾯で挨拶から始まるため、接客が何より⼤切な学びとなりました。現場に⼊ってからは、お客様とのコミュニケーション⼒が試され、リクエストにも笑顔で応えながら好みのコーヒーを作らなければならない。これは⽇本にはあまりないイタリアならではの⽂化でしたね。
カプチーノの温度をほんの少し熱くして提供したら「熱い!」とクレームになったこともあります(笑)。逆に⽇本に帰ってきてイタリアと同じ温度で出すと、今度はクレームになる。そういう⽂化の違いをひとつひとつ乗り越えながら、⾃分なりのベストを探してきました。エスプレッソが⽣まれた国の⽂化や歴史、バリスタという仕事の本質を学びましたね。
――その後、アメリカにも⾜を運ばれたとか。
1995年、イタリアの後にそのままアメリカへ渡りました。当時まだ⽇本には上陸していなかったスターバックスがあり、「アメリカでエスプレッソ⽂化が根付いている」という情報がありましたので、実際にどんなふうに展開されているかを⾒たかったんです。
最初にボストンへ⾏って、⼤学前にある「Au Bon Pain(オー・ボン・パン)」というパン屋さんが⼿がけるコーヒーショップを⾒学したり。それからシアトルへ移ってスターバックス発祥の地を訪ね、エスプレッソ中⼼のさまざまなショップを⾒て回りました。「アメリカのエスプレッソはかなり進んでいる」と感じる部分もありましたね。さらにサンフランシスコ、ロサンゼルスも回って帰国しました。
この研修は、⾃分だけが学ぶためではありませんでした。コンサルタントとして世界の現状をセミナーでお客様に伝えなければならない。「世界はこうなっています、エスプレッソの魅⼒はこうです」と、テキストも含めてしっかり発信していました。
――JBAはどのような経緯で⽣まれたのでしょうか。
設⽴は2003 年ですが、帰国後1990 年代後半からコーヒー機器の輸⼊会社のコンサルティング部⾨で、全国で年間50 回ほどのセミナーを開いていました。東京では20 ⼈が⼊りきらないほど満員で、お断りするくらいの盛況だった。3 時間のセミナーで前半は講義、後半はデモンストレーション。終わると必ずコーヒー屋さんから「この量でお⾦が取れないよ」と⾔われる(笑)。
そうした活動を続けていた頃、同時期に現・中道理事から「プロのバリスタを養成するための場を作りたい。根岸さん、協⼒できますか」とお声がけいただいたのが始まりです。実は私⾃⾝、最初から協会を⽴ち上げようとは思っていなかったんです。
ただ、年間50 回のセミナーでも1 回あたりせいぜい3 時間。それで本当に⾝につくのかという疑問はありました。最低でも丸1 ⽇、実技を含めた実践的な場が必要だと感じていたので、「それならば協会という形でやっていこう」という話にまとまっていきました。
――参加者の反応はいかがでしたか。また、⽇本のエスプレッソ⽂化の現状をどう⾒ていますか?
当時の⽇本のエスプレッソは、量が70〜80 ミリリットルもあったり、カプチーノにシナモンパウダーやシナモンスティックが添えられたりと、イタリアのそれとはまるで別物でした。みなさん、エスプレッソをドリンクとして捉えているんですよ。でも本来のエスプレッソは異なります。
お腹いっぱい⾷べた⾷事の最後に、少量の濃厚な⼀杯で⼝の中をリセットして、余韻をじっくり楽しむ――それがエスプレッソの本質なんです。朝はミルクたっぷりのカプチーノでパンと⼀緒に。昼間のひと息には、タバコを⼀本吸う感覚でチョコレートを1〜2粒つまむように、エスプレッソを⼀杯。そういう飲み⽅がイタリアの⽂化です。
そして、エスプレッソの最⼤の魅⼒は、その⼀杯を起点に、カプチーノ・カフェラテ・チョコレートラテ・キャラメルラテなど、ポピュラーなアレンジコーヒーが幅広く展開できることです。様々なアレンジドリンクに広がるこの可能性こそ、エスプレッソならではの魅⼒だと感じています。
⼀⽅で、⽇本ではストレートのエスプレッソが100 杯中10 杯も出ないというのが現状です。本物のおいしいエスプレッソを知ってほしい。それを提供できるバリスタを育てたい。その思いがJBA 設⽴の根幹にあります。
――資格認定制度はどのような仕組みになっているのでしょうか。
対象はコーヒーに関連する⽅々全般です。カフェや喫茶店やレストランで働いている⽅、コーヒー関連の機器や⾷材を扱っている⽅など。みなさん働きながらですから、1 週間も通えるわけがない。では何⽇間でどう教えるか、を徹底的に考えました。
レベル1 は初級で、コーヒー全般の座学を1 ⽇で学びます。⾖の種類や歴史はもちろん、本場イタリアのスタイル・シアトルスタイルの⼤⼿チェーン系・近年注⽬のスペシャルティコーヒー、それぞれの味わいのテイスティングも必ず⾏います。試験はエスプレッソ8 杯・カプチーノ6 杯を10 分以内に提供する実技試験。お店でクレームの出ない⽔準が合格ラインです。
レベル2 は中級で、抽出に特化した内容です。グラインダーのメッシュ調整、粉量・抽出時間の理論と実践。試験では意図的にメッシュをずらした状態から⾃分で調整し直し、エスプレッソ・カフェマッキャート・デザインカプチーノを仕上げます。お店で中堅として活躍できるレベルです。
レベル3 は上級で、お店のリーダー格。コーヒーマシンの100 年以上の歴史と機器の仕組みを深く学び、実技ではカフェルンゴ・リストレット・カフェマッキャート(ラテアート付き)・ガラスカップのカプチーノ4 杯を均⼀につくる、さらにシェーカーを使ったカフェシェケラート(アイスコーヒー)まで、12 分以内にすべての⼯程をこなします。技術だけでなく、接客・ホスピタリティも重要な評価軸で、スマイル・アイコンタクト・⾃然な⾔葉がけが⾝についているかどうかも問われます。
さらに希望者はインストラクターコースに進めます。4 ⽇間の講義と実技で「教える⽴場」として必要なことを徹底的に学びます。合格するとJBA の講義に⽴つことも、⾃分のお店で後進を育てることもできます。協会での登壇が義務ではありません。⾃分の現場で教育に携わる――それだけでも⼗分に意義があると思っています。
――バリスタグランプリはどのような思いで⽴ち上げられたのでしょうか。
バリスタライセンス(レベル1〜3)の資格保持者が、⾃分の技術を発表できる場を設けたい、バリスタ同⼠の交流の場を作りたい、そしてさらなるステップアップを図ってほしい――そういう思いから始まりました。⼤会というものは、出た以上は⼀番を取りたいという気持ちが⽣まれます。みんな⼀⽣懸命練習してその舞台に挑む。⾃然と技術も知識もアップしていくんですね。さらに全国から集まることで、バリスタ同⼠の友⼈関係が⽣まれ、情報交換ができる。そういう場をぜひ作りたかったんです。今後のキャリアアップの場としても、⼤会は最適だと思っています。
第1 回⼤会は2012 年。昨年2025 年で第13 回を迎えました。今はビッグサイトのような⼤きな会場を使い、⼤勢のお客様に来場いただいています。予選を勝ち抜いてきたバリスタたちが決勝で⼀⼈ひとり、緊張しながらも笑顔でコーヒーを作っていく姿を⾒ると、本当に頼もしいと思いますね。年を重ねるごとにレベルも着実に向上し、「このバリスタのお店に⾏ってみたい」と思わせてくれる⼈た
ちがどんどん増えています。
――海外と⽐べて、⽇本のバリスタ・カフェ⽂化の強みはどこにあると思いますか?
イタリアのバール⽂化は100 年以上の歴史を持ち、バリスタたちは実に⼿際よく美味しいコーヒーを次々と提供します。⽩いジャケットを着て⼀⼈で何⼗杯もこなす、そのプロフェッショナリズムは本当に⾒事です。
⽇本⼈が学ぶべき点として、私が特に感じるのは挨拶の⽂化です。イタリアのバールでは、お客さんが⼊ってくると必ず「ボンジョルノ」と声をかけ、「プレゴ」と提供すればお客さんが「グラッツィエ」と返す。この⾔葉のキャッチボールがごく⾃然にできている。他の国でも同じです。ところが⽇本では、こちらが「いらっしゃいませ」と⾔っても、お客さんが何も返さないことが多い。でも「こんにちは」と⽬を⾒て⾔えば、お客さんも「こんにちは」と返してくれる。その⼀⾔がコミュニケーションの第⼀歩だと思っています。JBA のカリキュラムでも、こういったホスピタリティの部分を⼤切にしています。
⼀⽅で⽇本の強みは、清潔感と繊細さです。スチームノズルをこまめに拭き、ピッチャーを常に清潔に保つ。イタリアではピッチャーを継ぎ⾜しで使い続けることも普通ですが、⽇本のお店は衛⽣管理が⾏き届いている。そしてもう⼀つ、⽇本⼈は世界の料理を⽇本⾵にアレンジして美味しく定着させる⼒を持っています。エスプレッソもそうで、フレーバーを加えたり、ヴィーガン対応の植物性ミルクと組み合わせたり、独⾃のアレンジメニューを⽣み出す⼒は世界に誇れるものだと思います。
――変化するトレンドへの向き合い⽅について、どのようにお考えですか?
イタリアでも近年、駅近くのバールでテイクアウトのカプチーノが増えたり、グラインダーを3〜4台並べて複数種のコーヒーを提供したりと、変化が起きています。スペシャルティコーヒーの世界では、浅煎りのコーヒーが持つフローラルでフルーティーな⾹りが注⽬されています。深煎りの⾹ばしさとはまた違う素晴らしさがある。
⼤切なのは、「これが正しい、これはダメ」という狭い視点で⾒ないことです。深煎りには深煎りの良さ、浅煎りには浅煎りの良さがある。新しいものをお客様に提供するときは、ただ出すだけでなく、その飲み⽅や味わい⽅を丁寧に伝えることが⼤事です。「ちょっと酸味が強めですが、⾹りが格別ですよ」と⼀⾔添えるだけで、お客様の受け取り⽅はまったく変わってきます。
エスプレッソが普及したことで、アレンジメニューの幅が⼀般的なドリップコーヒーとは⽐べものにならないほど広がりました。カフェラテ、カプチーノ、そこにチョコレートやキャラメルを加えたもの、アイスにも展開できる。これだけ豊かなメニューバリエーションを⽣み出しているのは、エスプレッソがあってこそです。
――最後に、JBAが今後⽬指す姿を教えてください。
JBA としては、単なる資格認定機関にとどまらず、全国のJBA ライセンサーが情報交換し合いながら、活動の規模を広げていきたいと考えています。⽇本各地で活躍するバリスタにスポットライトをあて、地⽅で中⼼的な役割を担ってくれる⼈が増えれば、その地域でコミュニティが育ち、情報を共有し合いながら全国の輪と活動の場が⾃然と広がっていく。各地域のライセンサーが活躍できる場所をつくっていくこと――それが私たちの理想です。
バリスタ⼀⼈ひとりが成⻑し、それがお店の発展、ひいては⽇本のコーヒー業界全体の発展につながっていく――その輪をもっと⼤きくしていくことが、私たちの⽬指す姿です。
■ 根岸代表理事 プロフィール
1952年東京都⽣まれ。⼤学卒業後、社会⼈を経て1982年にジェラートの基礎を学び、1984年に本場のジェラートを学ぶためイタリアへ渡り現地で修⾏。1994年からは、ミラノのバールでバリスタの修⾏。⽇本全国でイタリアンBAR セミナーを年間50 回以上開催。1999 年には⼀般社団法⼈東京都⾷品衛⽣協会より⾷品衛⽣功労賞受賞。2015年6⽉にIGCC(Italian Gelato & Coffee Consulting)を創設し、独⽴。現在も積極的に海外の情報を収集分析し、セミナーや指導を⾏っている。
(インタビュー・構成:JBA広報委員会)
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